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LOSA_ERIKAの日記

芸能界隈を素人が視た雑感を勝手に書き綴る内容。

高嶋ちさ子氏は毒親か 音楽家の親を持つという事とは

いわゆる「ゲーム機バキバキ事件」とかいう、親が子どもの躾の際に怒りの沸点に達して周りが見えなくなった状態の、あのバーサク形態。

それは、家庭内で起きた事。それを有名人が公の場で話してしまう事。

私は咄嗟に「ウケ狙いかな」と思った。ギャグギレ、あるあるネタ、私生活での子どもとのやり取り…それを小出しに出す事で、親近感を狙ったものなのかなと勘ぐった。子育ての為に音楽家とは言えもっとお金がかかるだろう。売り込むためにも自分の素を出して世間が好(高)反応が見受けられた点を掬い取って、その点に絞ったキャラ設定に右往左往してたのかと思った。

今回は、それが裏目に出て、「毒親」になった。

お笑い芸人の「くわばたりえ」のカミングアウト「つい叩いたりして、虐待してる私…どうしよう、と泣きながらさっきまで叩いてしまった子どもを抱きしめた。虐待してる自分も子供に対して辛い」といった事がテレビで公開されて、世間の母親から大きな反響を得た。

でも、高嶋氏はそれにはならなかった。ギャグギレにも、あるあるネタにも、ならなかった。多分、自分の主観を通じた一連のやり取りを開き直ったかのような態度で見世物の様に発表した事が良くなかったのだろう。

反省の色がない。それどころか、笑いのネタや自分の売り込みアピールが見え隠れしていたのが白々しく感じた。

私は、音楽家というものは感受性の強い生き物だと思っている。一般人の感性とはどこか違う。ピアノを習った事があったし、部活は吹奏楽だった。バイト先は音大出身や音大生が勤務する様な施設だった。皆誰しも何かにイライラしていた。ストレスの負荷がかかりやすく、喜怒哀楽が激しい。ちょっとしたことで、激昂する。いわゆるヒステリーと言う奴だ。

でも、そういう人の更に上をいくプロの音楽家の母親の子育ては、想像するに容易い。音楽家の子育ては、常にデリケートで神経質。彼女は自分自身を咎めたり、育児放棄したり、そういったタイプの母親では無くて、自己批判を劇場型にして自己ブランディングする事でストレスを分散している様に感じた。

音楽のスパルタ教育を笑いのネタにしているのだろうか。

自分自身による子供の子育てを笑いのネタにしているのだろうか。

笑えない。笑えない内容なのに、それを判断する事が出来ていない状況。

小島慶子氏も子育てには厳しい。女子アナとして日本語を扱う仕事や芸能界を知っているために、リテラシー教育にも敏感だし、正しい日本語の使い方にも厳しい。職業病が子育てに影響していると言っても良いと思う。

高嶋氏もそれに近しいのだろうけれど、音楽家独特の「攻撃性」を出してしまった事だ。音楽の世界のスパルタ教育と、子どもの子育てとは別物だという次元を超えている。更に、職業病が子育てに影響し過ぎて最早、スパルタ先生なのか親なのか、両方だとしたら母を愛して育っていくのだろうか…精神的DVになるだろうなあ。

音楽家独特の「攻撃性」を出した事で私たちが改めて感じた事。美しい煌びやかで繊細。その裏にはとんでもなく陰湿で女性独特のドロドロとした世界、そしてヒステリーな一面がある事を、彼女は「音楽」に少しでも関わった事がある人達に思い出させてしまった。

高嶋氏を見ても、決して「あんな素敵な女性でも、こんなお茶目な一面があるんだ」にはなりませんよ。全く。

世間の親の多くが、小さい頃はピアノ教室に通った事があると思う。気が強い先生もいれば、自分大好きなおしとやかな先生も居たと思う。大体解ると思うけれど、そういう先生が子どもを持つって…どういう接し方を受けるかは思い当たる節はあるんじゃないかなあ。

思い出したら恐怖。そう。恐怖でしかない。少なくとも私はそうだった。高嶋氏のお子さんの様子をみると、既に少し歪みかけていて。大なり小なり子どもは親の影響で「嫌だなあ」という思いを引きずりながらも、それを乗り越えて自分を形成して生きていく。

一般人家庭では考えられないような教育方法かもしれないけれど音楽家の家庭とは、想像を絶する世界なのだと思う。それを彼女はごく普通であるあるネタだと思い込み、音楽家の子育てをショーとして見せてしまった。

大袈裟な言い方をすると、わざわざ虐待現場を面白おかしく見せている様な、そんな感じ。

子育てに置いて感情のコントロールが出来ない事は親というのは、だれでもある事だと思うし、通過儀礼だと思う。でも、結構ヨロシクナイ出来事をショーの様に何度も投稿。ビジネスだとしても「子ども」という相手がいて成り立つ事に対して意識が全く足りていない。

親の自覚を主軸に置いているのか

音楽家のプライドを主軸に置いているのか

女の見栄を主軸に置いているのか

タレントとして売り込む事に主軸に置いているのか。

唯一言える事は、「子どもの人権が置いてけぼり」になっている事。子どもが家庭内でストレスを抱えた場合、大抵は社会で加害者になるパターンが多い。音楽家の子どもは、こうした家庭内で育っても、どうやってストレスを発散しているのだろう。学校で誰かにイジメをしているのだろうか。

とにかく、一般家庭とは違う家庭での子育てが、いかに特殊であるか、思わぬ形・違う形で垣間見る事が出来たと思う。「そうそう、そう言えば音楽家って、こういうキャラだよね…それが親になったらそうなるケースも、あり得るよね」としみじみと実感。

高嶋氏の一件で私たちが学べることは、「感情をコントロールできない事は人間ならだれでもあり得る事」それを「間違ったやり方でストレス発散してしまっている事に人間は無自覚である事」、「周囲の手助け無しに、子育ては出来ない事」だと思う。

高嶋氏は、同情の声を一部受けているようだが、実質的な援助(子育てにおける)は受けているだろうか。恐らく同情だけだ。そして周囲の好奇の目にさらされながら、また子供に負荷をかける負のスパイラルに陥るだろう。

旦那様や御両親、近しい友人がどこまで協力できるかが、彼女の子どもを救えるカギになるのかと思う。

被害が今、子どもの心に少しばかりの歪みでとどまっている内に。成育課程で歪めば、今度は彼が加害者になり、被害者を産むことだってあり得るのだから。